第55号
「あけび通信」第55号をお届けいたします。
○-●-○-●新著ご紹介 色平哲郎『農村医療から世界を診る 良いケアのために』○-●-○-●
https://akebishobo.com/product/ruralmedicine
2,200円(税込み)
378ページ
ISBN:978-4-87154-202-9
長野県蘇南高等学校校長の小川幸司さんがFacebookでご紹介いただきました。
小川さんの承諾を得て、以下転送いたします。
「何のために私たちはこの場にいるのか」 佐久総合病院の色平哲郎先生が、『農村医療から世界を診る―良いケアのために』という新著を出版されました(あけび書房、2200円)。日経メディカルOnlineの連載記事をもとにして、序や補遺の文章を合わせて編まれた一書です。
「序」は、軽井沢の別荘で加藤周一と著者が重ねた、医療についての対話の記録です。著者が「一般の人々(people)」を主語にする「メディカル・リテラシー」(医学・医療を読みとくこと)が大切だと言うと、加藤が大いに共感して、中世ヨーロッパの詩のなかにある「私たちのいないところで私たちのことを決めないで」という「ケアの女神クーラ」の言葉をひきながら、介護と看護を別ものとしない「ヒューマン・ケア」の考え方が大切であると応えています。
では、医学・医療が人々を主人公として尊重するとはどういうことか、このことについて、博覧強記の著者は折々の出来事、これまで出会った人々のこと、自らの実践などをまじえながら論じています。
――終戦直後、戦災孤児と障がい者の施設「近江学園」を創設した糸賀一雄は、「この子らを世の光に」と言った。その言葉は「この子らに世の光を」ではなかった。
――統合失調症などの当事者の活動拠点「べてるの家」で出会った言葉に、なるほど、とうなった。「昇る人生から降りる人生へ」「弱さの情報公開」「弱さを絆に」「利益のないところを大切に」。
――癌末期の男性患者Aさんが離婚した妻のところにいる息子に会いたいと騒ぎ続けていた。息子の消息がどうしてもつかめない。あるとき困り果てた看護師が「そんなに子どもに会いたいのなら」と、Aさんを小児科病棟に連れて行った。Aさんの表情がみるみる変わった。
――病院とは白衣に象徴される「聖性」と、感情を持つ人間がまとう「俗性」の二つが混じり合う特殊な空間だ。だからこそ病院のアイデンティティが大切になる。「何のために私たちはこの場にいるのか」という問いだ。
――「専門のことであろうが、専門外のことであろうが、物事を自分の頭で考え、自分の言葉で自分の意見を表明できるようになるため。たったそれだけのことです。そのために勉強するのです。」(山本義隆)
私はこの本を読みながらいつしか「患者」を「生徒」に自動変換しながら読んでいました。「医療」は「教育」とか「歴史」に置き換えながら読んでいました。私が目標とする世界がここにあると思いました。
「教育」にしても「歴史」にしても、それを職業とする人々は、自分たちを孤高の専門家(プロフェッショナル)だと思い込みがちです。しかし、「序」の対談で加藤周一は、プロとは中世ヨーロッパの専門職集団(プロフェッション)に由来するもので、彼らは先人から受け継いだ知識・技術を「世俗の権威付け」にしないこだわりをもっていたと語っています。
しなやかに考え、境界をこえて実践していくこと、そして当事者をリスペクトしながら支えていくこと。そんな実践の大切さを色平先生の著書から学びました。
素敵な書物と出会った大きな喜びを味わったのでした。