第52号
「あけび通信」第52号をお届けいたします。
○-●-○-●【新刊ご案内】『グラムシ「未完の市民社会論」の探究 『獄中ノート』と現代』○-●-○-●
松田博『グラムシ「未完の市民社会論」の探究 『獄中ノート』と現代』
https://akebishobo.com/product/gramsci
46判/並製 196頁 1760円(本体 1600円+税)
ISBN 978-4-87154-201-2 Cコード 3031
『今よみがえる丸山眞男 「開かれた社会」への政治思想入門』
https://akebishobo.com/product/maruyama
とともに、日米開戦80年の12月8日発売の新刊です。
没後25年の丸山眞男論とともに、生誕130年アントニオ・グラムシの本をなんとしても年内に出せて、うれしいです。
私が大学院時代に恩師としてお世話になった松田さんのグラムシ研究の集大成だからです。
グラムシと言えば、古くは1950年代後半からの「構造改革論争」、70年代の「ユーロコミュニズム」といった「先進国革命論」ではレファレンスポイントとして重要とされていたことは、ご存知の方もいらっしゃるでしょう。
そして90年代後半からは、実践的な政治論争の範疇を超えて、エドワード・サイードの知識人論やスチュワート・ホールらのカルチュラルスタディーズ、さらにはポストコロニアル論、サバルタン論などで、「社会科学の方法論」としてグラムシが注目されてきました。
日本でも1997年にイタリア文化会館で「グラムシ没後60周年記念国際シンポジウム」が開催され、
http://netizen.html.xdomain.jp/INTGRA.html
私も参加しましたから、この頃は多様な研究者・運動家などがそれぞれのスタンスからグラムシの意義を語る賑やかな集まりだと記憶しています。
当時は冷戦崩壊後、グラムシ含めて諸々の社会変革論について活発な発信が交わされていて、今とは全然違うなあと隔世の感は残念ながらありますね。
しかし、かつてのリバイバルのようなブームはないにしても、グラムシの思想を今日的に知ることの意義はおおいにあります。
日本では、構造改革論争の時期にトリアッティ版の『グラムシ選集』が合同出版から出されたのち、大月書店で『獄中ノート』第1巻が翻訳されてから、永らくグラムシの翻訳本はほぼなかったですが、トリアッティ版は政治的な編集だったためにグラムシのオリジナリティが正確に理解できなかったことを一定克服するよう、『獄中ノート』の校訂版が70年代に出て、さらに2009年に校訂版の限界も乗り越えるよう、完全復刻版が2009年に完成しており、完全復刻版をもとに、2000年代に松田さんは「知識人論」と「サバルタン論」のノート注解を明石書店から出されています。
さらに、現在はイタリア政府の事業として「国家版」が刊行中だということで、グラムシはイタリア国家公認の思想家であるわけです。 本書では、主に完全復刻版(フランチョーニ編)をもとに、グラムシの原典を忠実に読み説く作業を通じて、グラムシがなにと格闘し、なにを明らかにしようとしたかが解明されています。
日本ではたくさんのグラムシについての本はありますが、原典を読み込んで正確なグラムシ像を描いているかについては、松田さんを置いてはいないでしょう。
だからこそ、私は恩師でもある松田さんにグラムシの思想の今日的意義を著わしてほしかったわけです。 グラムシの思想の鍵概念は「市民社会」にありますが、本書ではそれが「ヘゲモニー」「有機的知識人」「陣地戦」「サバルタン(従属諸集団)」「受動革命」などといった概念との関連を読み説かれているとともに、日本でのマルクス主義研究とグラムシとの接点ともに、現代民主主義論の論客であるシャンタル・ムフのラディカル・デモクラシー論へも架橋するアクチュアルな考察がなされています。
ムフももともとはグラムシ研究者であり、彼女の「左派ポピュリズム論」などはグラムシの政治理論が基点にあるわけですので、現代の政治論・民主主義論をおさえるうえで、グラムシの理論を学ぶことは重要です。 しかしながら、本書を読めば分かるように、学術的には正確な事実や根拠に基づかないグラムシの歪曲があったり、現実政治の理論問題についてもグラムシを歪曲しているままのこともあります。
グラムシがスターリニズムに抵抗し、多様性を前提にした対抗ヘゲモニーの創出や、有機的知識人を生み出す政党の役割などなど、「レーニン主義」的な教条から解放されて、いわばリベラルにグラムシを読み説くことで、私たちの活きた政治実践のレファレンスポイントになるのではないか。
そうした思いも込めて、本書が日本の市民社会の活性化に寄与できればうれしい次第です。
あけび書房代表 岡林信一