まえがきに代えて ―福島原発事故とジャーナリズム―   丸山重威

 2011年3月11日、日本は大きな地震に襲われ、津波は東北地方の太平洋岸一帯をなめ尽くしました。死者・行方不明は約2万5000人。まさに未曾有と言っていい大震災でした。

 この地震と津波に触発されて、福島県双葉郡にある東京電力福島第一原子力発電所で重大事故が発生しました。海岸に面して、6つの原子炉が並び、総出力469万6000キロワットというこの原発は、定期点検中だった5、6号機をのぞき、稼働中の1、2、3号機、点検中の4号機と、4つの原子炉が破壊され、1、3、4号機が爆発し、放射能を漏出させました。 それだけではありません。東京電力は、原子炉の暴走を防ぐため、炉に海水を注入し、高濃度の放射能汚染水を溜めるために、低濃度のものだとされていますが、放射能汚染水を海に放出しなければならなくなるという事態を招き、実際にそれを続けたのです。

 放射性物質は、大気中の核実験が禁止されて以降、ミス以外で大気や海に放出されたことはなかったのですから、日本は「地球汚染」の重大な原因者になってしまったのです。
 どうしてこんなことになったのか。それは、政府・財界・そして東電をはじめとする電力会社が、原子力発電の問題性、危険性についての警告を無責任に無視し、原発建設を強引に推し進めたためでした。国会も、そして経済産業省所管の「原子力安全基盤機構」さえ津波による炉心損傷の危険を指摘していたにもかかわらずです。
 そればかりではありません。メディアにはその危険について、国民に知らせ、批判し、議論を巻き起こす責任があるはずです。しかし、日本のメディアはそれをおろそかにして、「安全神話」を広げ、世論にまでしてしまいました。メディアには、極めて大きな責任があると言わなければなりません。

 世界には既に500基を超す原発がありますが、今回の事故は、1979年の米・ペンシルベニア州の「スリーマイル島原発」の炉心融解事故、1986年のソ連・現ウクライナの「チェルノブイリ原発」炉心爆発事故以来の大事故です。


  東電は、事故を起こした原子炉を安定させ、事態を収束させるため、「水棺」をつくって冷却するなどの「工程表」を発表しましたが、その後、1、2、3号機では燃料が溶融してしまう「メルトダウン」といわれる状況になっていること、そして炉やそれを納めている格納容器に、穴が空いていて、冷却のため放水した水が流れ落ちてしまっている事実が明らかになり、「水棺」で抑える方式では対応できないこともわかってきました。

 しかも、炉心溶融は地震当日の夕方に始まり、翌朝にはほぼ全燃料が落下してしまった、ということが明らかになりました。5月中旬にやっと発表されましたが、専門家は当初から指摘していたことです。
  こうした結果、スリーマイル島、チェルノブイリという過去の2つの事故は、数日間で一定の「収束」をみましたが、今回の事故では、2か月を経ても依然として安定状態にならず、対応策も明確にできない状況が続いています。
  メディアは当然のことながら、状況を詳しく報道していますが、何がいま起きているか、なぜ事故が起きたか、などについての報道や、東電と政府の対応の遅れ、情報公開、放射能測定や住民避難の方法など、読者が求める報道が十分だったか、さらに、問題点の正確な指摘と事態を十分認識したうえでの批判が十分だったか、などが問題になっています。特に、「直ちに健康に影響が出るレベルではない」といった政府の発表をそのまま伝える報道が多かったことも、メディアへの不信を募らせました。
  原子力発電について、その仕組みや危険性について、国民はよく知りませんでした。事故が起きて、さまざまな情報が一斉に流れましたが、その意味もよくわからないことが多かったと思います。メディアも実はそうだったのだろうと思います。意図してのことか否か、それは必ずしも明らかではありませんが、必要な情報が出てこないまま、「安全」の言葉が流れ、すぐその後で新しい事態が起きました。

  日本学術会議幹事会は「未曾有の災害に直面して国民が覚える不安感は、直面するリスクに関する正確な情報が、必ずしも的確に伝達されていないことに起因することが少なくありません。たとえ深刻な情報であっても?むしろ深刻な情報であればあるほど?正確に国民に伝えられるべきものです。そうであればこそ、事態の深刻さを冷静に踏まえた適切な行動を求める呼びかけは、人々を動かす力となるものだと思います。放射性物質の漏出問題はその適例であります」と、情報公開を訴えました。この訴えに関係機関や東電、そしてメディアが十分応えていたかどうかについては、大きな問題がありそうです。
 

 菅首相は、震災後2か月を迎えようとする5月6日、中部電力・浜岡原発について、運転停止を要請、中部電力はこれを受け入れました。さらに菅首相は、5月10日の記者会見で、「2030年までに総電力に占める原子力発電の割合を50%以上とする」とした政府のエネルギー基本計画について、「いったん白紙に戻して議論する必要がある」と表明。「再生可能な自然エネルギーと、エネルギーを今ほど使わない省エネ社会の構築に力を注ぎ、エネルギー政策全体を見直したい」と述べました。そして、「国策として原発を進めてきた政府にも大きな責任がある。事故を防げなかったことを国民におわびしたい」と謝罪しました。いささか遅きに失したかもしれません。
  しかし、菅首相は停止中の原発について「安全性が確認されれば稼働を認める」と、原発の維持も表明しました。いまや,情勢は「脱原発」の声と、財界や政界の力とのつばぜり合いになったのです。
  戦後、米国の戦略に乗って、性急に、しかも、異論を押しつぶすようにして進められてきた原子力政策が、東電福島原発の深刻な事故を経験し、根本的に再検討をされ、新しいエネルギー政策へ転換することができるかどうか、それはまさに日本の将来にとって、極めて重要な選択です。

「原子力は夢のエネルギー」と宣伝された時代、「まだ未完成の技術である」と指摘する科学者もおり、「なぜ原子力発電か」とその性急さを批判した研究者も少なくありませんでした。しかし、電力会社はなりふりかまわず、米国の支援や政府、財界とタイアップして、「原子力立国」の政策を進めました。
  原発立地のために、漁業権を放棄させ、自治体に働きかけ、莫大な地元対策費を使い、広告宣伝費を使ったキャンペーンを展開しました。国は、地元に開発交付金を配ることで、地元を原発に縛り付けてしまいました。
  米軍基地のための地元への交付金は、健全な自治体財政にとっては「麻薬だ」と言われましたが、原発の交付金にもそういう面がありました。そしていつも言われるように、数万年にも及ぶ放射性廃棄物の処理は全く解決していません。日本だけでなく、世界の原発は、捨て場のない廃棄物を蓄積し続けたまま稼働しています。
  ところが、日本のメディアは、そうした疑問や批判よりも、米国に追従し、経済優先の原子力政策を支持し、推進しました。そこには「地球汚染」や「止められない事故」への視点は極めて乏しかった、と言うことができるでしょう。
  今回の事故を受けて日本ジャーナリスト会議が開いた連続講演会の中では、こうした事態を招くに至った責任について、フロアから「電力会社や政府の言いなりに、『原子力は安全』と神話を振りまいたマスコミに最大の責任がある」という意見が出ると、別の人が「マスコミは何も知らない。すべてを知りながら、暴走させた科学者に最大の責任がある」との意見を述べ、会場が沸きました。
  過去を取り戻すことはできません。しかし、そうした歴史は、現在の世論の状況とつながっているとも言えるでしょう。問題のさなかの統一地方選挙で、原発問題も争点となりながら、「原発推進論」の東京都の石原慎太郎氏をはじめ、原発が立地する北海道と福井、島根、佐賀の各県の知事選で、いずれも現職が当選したことは、意識と、「世論」といわれるものの一つの側面を示しています。

「ジャーナリストとは何か? それは、ビジネスのマネージャーでもなければ、出版者でも、資本家でもない。ジャーナリストは、国という船の船橋に立つ見張り人である。彼は、好天のとき、水平線の小さな点のような小さなことにも目を配り、航海を記録する。彼は救助することができる漂流中の難破船を見つける。彼は霧や嵐の中でじっと目を凝らして見詰め、前途にある危険に警告を発する。彼は彼の雇い主の利益や自らの賃金について考えることはない。彼は、彼を信頼している民衆の安全と福祉について見張るためにそこにいるのだ」
  米国のジャーナリスト、ジョセフ・ピューリツァーは、「ジャーナリスト」について、こう述べてその責任を強調しました。
  水平線に見え隠れした「原子力時代」への洞察ができなかった責任を云々するのではなく、いま巨大な岩礁が次々と現れてきている、「原子力という暗礁の海」に足を踏み入れた人類に、「引き返せ」と警告するのは、いま、「フクシマ以後」を生きる現代のジャーナリズムの使命ではないでしょうか。「深刻な情報であればあるほど、正確に情報が伝えられるべきだ」という先の学術会議の声明と重ね合わすとき、その責任は大きいのだと思います。

 この本は、原発事故の進展の中で、メディアの問題を緊急に訴えなければならない、という出版ジャーナリストの情熱と、それに共感する執筆者の皆さんとの共同作業で生まれました。
  古くからの友人のあけび書房代表・久保則之さんは、昨今の困難な出版情勢の中で、企画を提案され、編集者・坂井泉さんの献身的な作業に助けられて出版に漕ぎ着けました。
  しかし、問題がさまざまに絡んだ原子力とメディアと世論のことをどう書くか。しかも、刻々動く情勢の中で、問題をどう捉え、歴史的な視座から解明することができるか。私たちの選択は「何が報道されていないか」を、できるだけ専門的な立場から紹介していただき、その中でメディアの問題を浮き彫りにすることでした。
  お忙しい中、短時間に原稿をご執筆いただいた皆さまに感謝するとともに、この本が原発問題におけるメディアや世論の責任を考えさせ、そしてまた、日本の在り方や将来についての国民的議論・討論の材料として活用されることを期待します。

        2011年5月20日