あとがき

 私の手元に、1975年10月、新聞社の労働組合の連合体である新聞労連の新聞研究部が開いた「新聞研究集会第7回特別分科会・原子力問題を考える」の資料と記録がある。1975年といえば、スリーマイル島事故(1979年)もチェルノブイリ事故(1986年)もまだ起きていない時である。当時、共同通信社会部での記者活動の傍ら、共同通信労組から選出され新聞研究部長を務めていた私は、茨城新聞労組の全面的な応援を受け、同県・大洗町で、この集会を開催した。

 集会には、33単組108人が参加、原発開発推進の日本原電建設部幹部と、批判派の日本原研研究員などの講演を聴き、現場を見学。それぞれの労組から、地域の原発問題について報告しあい、最後に「改めて『自主・民主・公開の3原則』を」と題するアピールを発表した。

 そこでは、既に、「原子力平和利用」の推進には米国のエネルギー経済戦略が潜んでいることや、民主的な科学者が事実上排除され、科学者自身が原子力開発の基本姿勢をなおざりにし、技術論で片づけていく危険な傾向があることなどを指摘し、5つの問題提起をおこなっている。

 @安全か、危険か、賛成か反対かの前に、いまの開発の在り方を論じなければならない。あらゆる危険を未然に防ぐために総点検が必要だ。

 A原子力問題に取り組む時、そこで働く現場労働者の問題を抜きにするわけにはいかない。

 B現在の一方的とも思われる原子力開発推進のPRに対して警戒を強め、公正で科学的な認識が国民に与えられていくことを求めて闘っていくことが必要だ。

 C原子力問題を冷静に認識するためにも、核兵器の全面禁止と国政の革新が前提になる。

 D新聞労働者にとっては、原子力についてもっとよく知り、深く、さまざまな角度から考え民主的な討議を深めること、職場の民主主義を進めることが必要だ―ということだ。

 それから36年。率直に言って、原子力問題や原発問題の専門家ではない私が、「福島第一原発事故」に改めて取り組んでみてわかるのは、当時出されていた問題が、全く解決されないまま、むしろもっと難しい形で横たわっている、ということである。「私たちはこの間、一体何をしていたのか」という痛切な思いがある。

 本書の編集作業を始めた時から校了に至るまで、事態は日々刻々と変化し、しかも決して好転しているようにはみえない。原発問題が大きな曲がり角を迎えているいま、この本が、学習や討議のために活用されていくことになれば、本書出版に携わった私たちの大きな喜びである。

                     

           2011年5月20日        丸山重威